モカフロスティ

昼下がりの炎天下、帰りにふと、馴染みの喫茶店に寄った。

おれには珍しく、冷たい飲み物でも飲んで気分を夏らしく演出してみよう、という考えが浮かんだのである。

 こんなおれでもそんな気分のときがあるものだ。

 普段はコーヒー一筋のおれが、そんな気分になるにはどうしたらいいだろうか?

 しばし考えてみる。

 可愛らしいパフェや、甘ったるいイチゴオレ、そんなものはおれの口に合わない。

 何かきりっとした大人の味わいのあるドリンクを探していた時に、モカフロスティという渋い大人のネーミングセンスのあるドリンクに目がとまった。

 モカフロスティ。北極の寒さを思わせる「フロスティ」という単語がなんとも渋い。炎暑で火照った身体を急速にクールダウンさせてくれそうな冷たさが感じ取れるのもいい。大の男が真昼の炎暑から受けた熱量はちょっとやそっとでは引いていかないものだ。

実を言うと、おれは現在文章の修行中である。今日もその帰りだった。たくさんの作家の本を読んだが、その文章技法が自分の中に生きているわけではない。おれは何かを見逃してしまったのだろうか。そんな思いで後悔とともに生きている。このままではいけない。

 そんなことをあれこれ考えていると、ふと人の気配を感じる。

 ウェイトレスの足音が近づいてくる。

 おれは気づくとフロスティの名前を口にしていた。ただし、直接のネーミングを口にするのは恥ずかしいので、正確に言えば、指でメニューを指し示しただけなのだが。

 おれはウェイトレスの後ろ姿を見ながら考えた。今のおれにアイスクリームを楽しむ余裕はあるのだろうか、と。

結局のところ、おれが最初から感じていた気持ちはそういうことだった。

なんとなく、自分に自信がなかったのだ。

そう気づいておれは楽になるのを感じた。きっとアイスクリームも美味しく食べられるだろう。

品物を運んでくれたウェイトレスは相変わらず愛想がないが、モカフロスティは独特の愛想をおれに振りまいてくれた。丸みのある独特のユーモアの感じられる曲線。これはアイスクリームのトッピングだ。おれはたまらずスプーンを取り上げ、アイスクリームにがっついた。

 予想以上にパンチのある味わいだ。こってりとしたアイスクリームは真夏の午後には甘ったるすぎるかも、と危惧していたのだが、柄にもなく、アイスクリームに興奮している自分を発見した。

こんなに美味いアイスクリームは初めて食ったというほど、美味い。おそらく、予想以上に外が暑いせいだ。おれの身体はアイスクリームをこうまで求めていたのか!!

 

 おれはこうしてこの日喫茶店でコーヒーとアイスクリームと不愛想なウェイトレスに大事なことを教えてもらった気がする。

モカフロスティを頼む

 昼下がりの炎天下、馴染みの喫茶店で冷たい飲み物を注文する。
 夏らしい気候に影響されて飲み物も夏仕様のものを注文してみようと思いながらメニューを眺めていると、モカフロスティという冷たそうなドリンクにきらりと光る何かを感じた。
 炎暑で火照った身体を急速にクールダウンさせてくれそうな冷たさが感じ取れる「フロスティ」というネーミングが可愛らしいな、とまずネーミングに惹かれる。
 その実、写真ではごく当たり前の見た目をしたロングサイズのドリンクに見える。たっぷりと量もあるし、頼もしい奴。
 モカフロスティだ!! おれは決めた。
 しかし、この量を飲み干したらちょっと寒くなりすぎはしないか、と心配しつつも、フロスティを注文することをウェイトレスさんに伝える。
 モカフロスティですね?
 ウェイトレスさんはきびきびとした様子で、注文を取って、当たり前の様子でかえっていく。
 僕はモカフロスティへの期待を裏切られたようで、ちょっとがっかりする。
 なんというか、そこそここの季節を代表する注文を取っているという感覚がまるでないのだ。もっとフロスティが注文されたことに対する畏敬の念を持って欲しい。
 無感動にモカフロスティが届けられる。
 モカフロスティは初めて人間がヤシの木を見上げたのと同格の感動を見るものに与える。とにかく長いのだ。
 その長さに圧倒されつつ、アイスクリームを少しスプーンですくって、口に運んでみると、濃厚なバニラの香りが冷たさと一緒に口の中に広がり、ようやく一息つけたような気分になる。
 僕はいそいそと文庫本を取り出し、眺め始める。モカフロスティをお供にして、二時間ばかりその喫茶店で過ごした。上着がなかったらきつかったかもしれない。

大喜利を考える

お題「おばさんのくせに○○」○○に入る言葉を考えます。

 

回答1 おばさんのくせに「いただきます」を言わない

 

おばさんには上品にご飯を食べていただきたいですし、また、過度の空腹になってほしくもないですね。

 

回答2 おばさんのくせに礼儀正しい

 

これはこれで嫌ですね。おばさんは少々いい加減なほうが味があっていいような気もします。あまりに礼儀正しいと肩が凝りますね。

 

回答3 おばさんのくせにいい車に乗ってる

 

これは最も嫌なおばさんですね。シロガネーゼです。

 

回答4 おばさんのくせにコンタクト

 

これは謎の答え。おばさんのくせにオシャレを狙っているということなんでしょうか? はたまたおばさんのくせに眼鏡では矯正できないほどの入り組んだ眼球事情を抱えておられるということでしょうか。

 

以上です。ありがとうございました。

今日という日

 今日もまったりと一日を始める。とにかく自分の身に起きたことに対して興味深く接していこう、というのが最近のテーマである。起きたことは極力見過ごさない。

 最近僕が密かに企んでいるのは、自動販売機のセレクションに対して何かしらの考察を加える、ということ。自動販売機って見るたびに個性的だな~、と思ってしまう。ちゃんとよく見ると、バランスがもちろん考慮されている。その上で、コーラがペプシだったり、飲みたいドリンクがなかったり、色々な組み合わせがあるような気がする。このあたりの自販機の組み合わせについてちょっと考えてみたい。かなり地味なテーマではあるが。

 今日はツイキャスでちょっとハッとするような出来事があり、満足している。やはり、人と話していて、ハッとする、虚を突かれる、というのは自分にとって非常に有益な経験だな、と思う。隙だらけの自分に喝を入れたい。

 最近ちょっとずつ社会復帰への足掛かりとなりそうなことがぽつぽつと見つかってきた。時には身体の力を抜いて、気楽に生きてみるのも悪くないと思った。

ポール・オースター『ガラスの街』/ポール・オースターの作り出した迷宮

 ポール・オースター『ガラスの街』は随分前に一度読んだ。その時は理解がおぼつかず、どの本を読めばいいのか、それがわかっていなかった時期であったこともあり、「こんな本もあるんだな~。オモシロ」と思って、放り出していた。

 それが、最近になって、読み返していくと、「すごく面白い本じゃん。なんで、この本の価値がわからなかったんだ!!」と驚愕するに至ったのである。その間優に、数年間の時と、読書経験を経て、ポール・オースターのファンになりつつある。二十代の頃、それなりに本を読みこんだ成果がここにポールオースターとの出会いとして結実したと言えないこともない。

 ポール・オースター『ガラスの街』は、一言で言えば、「迷子になる」小説、と言えなくもない。詳しい論点は先に譲るが、とりあえず、この小説で印象に残るのは、冒頭の、散歩に関する記述である。「ニューヨークは尽きることのない空間、無限の歩みから成る一個の迷路だった。」ここにオースター独自の物語論が展開される。物語とは、自分の中で迷子になること、オースターはそう言っているように僕には思えてならない。

 『ガラスの街』主人公のダニエル・クインは、自身の著する探偵小説中の主人公、マックス・ワークの「架空の身体を介した、一段へだたった生」を生きている。そのダニエル・クインに、まさに、私立探偵、「ポール・オースター」(これはもちろん作者自身の名でもある)への電話がかかってくる。冒頭に示されるように、これは、「まちがい電話」である。しかし、自身も探偵小説を著し、その登場人物の身体を介してしか生を実感できない、ダニエル・クインは、この「誘い」にまんまと乗っかってしまうのだ。

 「ポール・オースター」の名を騙り、私立探偵としての活動を開始したクインは、徐々に冒頭の記述にあったように、迷子になったような感覚にからめとられていく……。

 クインの道のりがどのようなものになるのか、迷子になった果てにクインが辿りつく場所とは? 非常に魅力的な小説である。ただし、最後の項に辿り着いたとしても、そこが果たしてどのような場所なのか、読者には言い当てられないかもしれない。果たしてクインは、「迷宮」から出られるのだろうか? この物語の本当の語り手とは? 答えは物語を読んだ読者の中にある。「問題は物語それ自体であり、物語に何か意味があるかどうかは、物語の語るべきところではない」。我々がオースターの物語を読むとき、本当にオースターが書いた物語を読んでいるのだろか? 迷宮への旅を今始めよう。