Book of The Year

 去年はそれなりに本を読んだ。その中でとりわけ印象に残っているのが、やはり「コーマック・マッカーシー」という作家の書いた、「ボーダー・トリロジー」という作品だろうか。

 これはトリロジーというだけあって、三部作を成している。「すべての美しい馬」「越境」「平原の町」という渋いタイトルが並ぶ。

 どれも名作だとされる。しかし、僕が読んだ中でとりわけ面白かったのは、やはり、「越境」だろうか。

 越境は、主人公のビリー・パーハムが、狼の鳴き声で目を覚まし、外に飛び出すシーンから話が始まる。まさに、「国境」というテーマに相応しく、「街」という慣れ親しんだ日本小説の舞台からはかけ離れたシーンにより小説の幕が開けるわけだ。

 ビリーの一家は、おそらく羊かなんかを飼って生活しているのだろうか。その辺の事情はあまり明らかにされなかったような気がする。とにかく、国の辺境で生活する一家が、非常に賢い雌狼に翻弄され、それをなんとか仕留めようとするところから、話は始まる。

 この「狼」による出だしは、読むものを引き込まずにはいないように、僕には思える。どうしても捕らえられない雌狼。この雌狼との駆け引きが、ビリーとの間に不思議な友情を育み、物語は一気にその深みへと加速していく。

 マッカーシーの小説の面白さは、描写の異常なまでの精密さだろう。ビリーが雌狼を捕えようと四苦八苦するあたりの描写の精密さを是非味わっていただきたい。あたかも自分も狼との対話をしているような気分になること必至である。

 見どころは、ビリーが雌狼を捕えるための道具を探しに、小屋の中へ入っていくところだろうか。逐一道具の名称が挙げられ、小屋の中をどんな風にビリーが物色していくのかが手に取るようにわかる。このような描写法は、「ザ・ロード」というマッカーシーのベストセラーでもいかんなく発揮されている。

 こうした面白さは、言わずと知れた、サバイバルホラーバイオハザード」の面白さ、RPGゲームの傑作とされる、「ドラゴンクエスト」などの「道具漁り」の面白さ、に通ずるところもなきにしもあらず、かもしれない。

 コーマック・マッカーシーは一流の作家であるから、「ドラクエ」のように、人の住む民家を勝手に物色するような主人公を描いてはいない。きちんと、小屋の主に許可を取り、その小屋の中を探し回るのである。

ザ・ロード」では、舞台が核戦争(?)後の近未来である。人々が逃げまどい、死滅した世界なので、主人公たちは生き残りをかけて、残された家屋の中を堂々と探し回る。

 途中、ひどく食料の豊富に残されたシェルターのようなものを発見し、ほくほくするシーンがあるが、主人公たちは、非常に健気である。そこにとどまっても、生き延びることはできないと悟り、ありったけの食料を持参したナップサックに詰めて旅を続けるのである。

 主人公たちの健気な様子、圧倒的な世界の脅威、人類の一人も残されていない世界で彼らがどう行動するのか。それがコーマック・マッカーシーという作家の手にかかると、どんな物語になるのか。

 非常に癖のある作風だと俺は思っている。興味を持たれた方は是非ご一読を。ちなみに、マッカーシーも言わずと知れた名作「白鯨」に多大なリスペクトを捧げている模様。白鯨は現在書店で四種類の日本語訳が現役で刊行中のようだ。白鯨人気はとどまるところを知らない。僕も岩波の訳と、新潮の訳を保持しており、岩波には手をつけられていない。これから読んでいきたいが、同じくメルヴィルの傑作「ビリー・バッド」も読んでいない……。

 とりあえず、新潮の訳の二巡目を途中放棄しているのから、読んでいきたいなあ、と漠然と希望中。マッカーシーメルヴィルをめぐる旅はまだまだ続きそうだ。