おばちゃんと悪夢

 おれの住むアパートの管理人のおばちゃんは、いつも愛想がいい。上機嫌と言ってよく、テンションが高いというほどではないのだが、テンションが一定なのだ。不思議なことに、おばちゃんが落ち込んでいる、ということは稀であり、おばちゃんというものは基本テンションが一定の生き物なのかもしれない。これが若い女の子であれば、機嫌が悪かったりして、八つ当たりしたりしたくなることもあるのかもしれない。その結果、八つ当たりされた男の子がその女の子のことを好きになるという、極めてラッキーな状況も起きるかもしれない。
 ところが、おばちゃんは自分が若くないことを自覚しているのかなんなのか、少なくとも僕に八つ当たりしてきたりすることはない。すごくよくできた優秀なアパート管理人のおばちゃんである。
 おばちゃんはまた、非常に面倒見のいい人でもある。僕が初めてアパートに訪問してきたときも、嫌な顔一つ見せずに、「ほな、案内しよ」的なテンションでいろいろな部屋を見せてくれたのだ!!!そして、角部屋を勧めてくれ、結果、僕はその居心地のいい、日当たりのよく、静かな角部屋に6年くらい居座ることになった……。その責任はおばちゃんにはない。居心地のいい角部屋を勧めておれに長居させやがって、とか逆恨みめいたことを思ったことは、全くない。
 しかし僕の病気の性質上、妄想めいた考えにとらわれるときは、全てが悪夢の様相を呈してきて、何もかもが人の悪意によってなされているのだ、という考えにとらわれることも無きにしもあらずだ。
 そんなとき、おばちゃんは悪夢の中で、僕に礼を言い、「いつもお世話になってます」と言い残して去っていくのだ。なんと出来たおばちゃんだろう。悪夢の中でさえ、おばちゃんはいい人だった。