おじさんについての断章

 おじさんという生き物は一体どうやって呼吸し、生きているのか?
 僕にとっておじさんというのは異星に住んでいる生き物みたいに触れがたく、ある意味では尊敬に値する生き物だ。
 おじさんという生き物がいなくなったら、僕は生きがいを失って、それこそパンのかけらがしなびていくように、僕という存在も価値を失ってしまうだろう。
 おじさんがいるからこそ、僕も息ができる。おじさんはある意味で、この地球に存在している熱帯雨林のようなものかもしれない。

 僕は今32歳だが、これからどんどんおじさんへの道を深く彷徨っていくのだろう。そうなった時、僕のおじさん的思考回路はどうなっていくのだろう?そう考えると僕はひどく怖いのだ。
 おじさんが部屋をノックしたのは午前二時半のことだった。もう夜も遅い。そうやって夜更かしするのはもうやめよう、と思っていた矢先の出来事だった。おじさんの肩には深く雪が積もっている。
「おじさん」と僕は言った。
 おじさんはひどく疲れているように見えた。どう考えてもひどく人生に参っていた。そのころの僕もやはり人生に参っていた。
「おじさんはこんな雪の中何してるの?」と僕は言ったが、その声は幾分弱弱しかった。
「水をくれ」とおじさんは言った。なんとなく、あきらめたような調子で。
「そんな言い方はやめてよ」と僕は言った。
「本当はビールが飲みたいんだ」とおじさん。
「なるほど」と僕。
 二人は沈黙し、窓の外で雪が降り積もっていくのを眺めていた。
「もうすぐタクシーに戻らなくてはいけない」とおじさんは断固とした調子で言った。
 外では雪が一段と積もっていた。
 僕は無言でおじさんを見送った。

 その昔、おじさんに言われたことがある。
「おれたちはみんなおじさんへの道を歩んでいる。そこから逃れられる者はいない」と。おじさんが言うと、随分説得力があった。